古典を音読しょうNO,70
(一)1945年終戦時ー前後50年と未来日本を考える 2014.9.10 読み上げ音声<<クリック ○1895年〜1945年 戦争と世界進出の50年 日清戦争勝利終結が1895年、日露戦争勝利1904〜1905 台湾統治1895〜1945 大韓民国を併合1910〜1945 日中戦争1933〜1945 日米戦争(第二次世界大戦)1941〜1945 ○1945年〜1995年 平和と安定の50年 円高と経済大躍進の時代 ○1995年〜2045年 前半はデフレ 後半は ? 明治維新から始まった西洋文化を学び取る機会を得て必死に世界から国家の仕組みを 移行してきて其の成果を世界に発表したのは日露戦争勝利でありました。 1945年までの50年間は戦争、戦争、又戦争という時代でした。 これらの戦争の主要目的は人種差別反対であり白人有利説を破ることでした。 その成果はアメリカから有色系大統領(オバマ)が誕生したこと、アジア植民地が解 放されたことで達成されました。 終戦〜1995年 50年間は平和と経済隆盛で世界第二位の経済大国に登りつめました。 1995年から日本は成長は停滞している間に中国はGDP20倍の大成長を発揮しました 日本はこのまま20年間500兆円のGDP維持で終わってしまうのでしょうか。 過去を考えて見ますと1873年から1896年の最初の世界恐慌であった、その間物価が 40%下落した時代であった。しかしその間に世界の仕組みが一転して世界貿易が 誕生したのです。 この120年以上前の世界デフレ時代と同じ体験を日本はこの20年間起こったのでありま す、アジアの新興国が発展している時にデフレ経済を続けていて一向に発展が停止し てしまい無駄な期間を過ごしたのでしょうか。 1985年1ドル240円であった,1995年には1ドル80円となった、しかしその間に輸出高は 好調維持しているのである。10年間に150円以上の円高に苦しめられている段階で輸出 が伸びていることは技術がこの間に格段と向上したことを意味しています。 値段が二倍以上になった製品を購入することはそれだけの価値を見出せなければ買わ ないはずであります。 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5070.html (円ドル推移参照) しかし全体的にGDPが全く20年間成長しなかったことは東南アジアに製造移転した 事が起因していて新興国の成長を協力したことであります。 2045年までの後30年間はどのようになるかが今後の課題でありますが2020年の東京 オリンピック、2047年までの東京〜大阪間リニアー中央新幹線開通に向けてGDP3倍 増の進展が見込まれると思われます。 其の他医療技術の輸出、水プラント技術輸出、水耕栽培と農業技術の輸出、新幹線 輸出、原子力発電の輸出、軍事機器の輸出、伝統工芸品の輸出、観光事業の拡大、 漫画事業の拡大と日本のクールジャパンを世界に広めていく、最大の機会が2020年の 東京オリンピックでありましょう。 それだけ20年間のデフレの時代に貯えた技術大進歩が世界をリードする力を貯えた事 が起因しております。 参考動画 凛として愛 https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=X9V7-AlKlEA 参考文献 長谷川慶太郎(これまでの百年これからの百年、ビジネス社) 大川隆法 (1000年マクロ視点からの俯瞰した予測著書より) 日高義樹 (アメリカを内外からの視点で現実、予測著書より) |
(ニ)葉隠れを音読しよう。 佐賀鍋島藩士 山本常朝(つねとも)口述から田代陣基(つらもと)聞書きー葉隠 (1659〜1719) (1678〜1748) 音読音声<<クリック 死狂い 此の上小身者とて人より押下げらるるは無念に候。何としたらば、心能奉公 仕る可きかと昼夜工夫いたし候。其の頃、毎夜、五郎左衛門咄を承りに参り 候に古老の咄に< 名利を思うは奉公人に非ず。名利を思わざるも奉公人に あらず>と仰せられ候。 此あたり工夫申し候様に」と申し候故、弥工夫一篇に成、不図、得心申し 候。奉公の至極の忠節は、主に諫言して、国家治むる事也。下の方にくどつ きまわりては益に立たず。 然れば家老に成るが奉公の至極也。私の名利を思わず、奉公名利思うぞと、 得と胸に落ち、さらば一度御家老に成りて見すべしと覚悟を極め申し候。 尤も、早出頭は古来能治なく候間、五十歳より仕立て申す可しと呑み込み 、二六時中、工夫修行候て、骨を折り、紅涙までにはなく候へ共、黄色など の涙は出で申し程に候。この間の工夫修行、則、角蔵流にて候。 参考文献 葉隠 講談社 |
(三)落窪物語を音読しよう。 作者不詳 平安朝の古物語、平安朝の継子いじめ物語 源順(みなもとのしたごう)作とする説もある 音読音声<<クリック 母君の、六つ七つばかりにておはしけるに、習はしおいたまいけるままに、筝の琴を よにをかしく弾き給いければ、嫡妻腹の三郎君、十ばかりなるに、琴、心に入れたり とて、「これに習わせ」と北の方 宣へば、時々教ふ。 つくづくと暇のあるままに、物縫うことを習いければ、いとをかしげにひねり縫いた まいければ、「いとよかめり。ことなるかほかたちなき人は、ものまめやかに習 いたるぞよき」とて、二人の婿の装束、いささかなる隙なく、かきあひ、縫わせたま へば、しばしこそ物いそがしかりしか、夜も寝もねず縫はす。 いささかおそき時はかばかりのことをだにものうげにしたまふは。何を役にせむとな らむ」と、責めたまへば、うち嘆きていかでなほきえうせぬるわざもがな」嘆く。 三の君に御裳きせたてまつりたまいて、やがて蔵人の少将あわせたてまつりたまひて いたわりたまふこと限りなし。 落窪の君、まして暇なく苦しきことまさる。若くめでたき人は、多くかようのまめわ ざする人や少なかりけむ、あなづりやすくて、いとわびしければ、うち泣きて縫うままに、 世の中にいかであらじとおもへども かなわぬものは憂き身なりけり 後身というは、髪長くをかしげなれば,三の君のかたに、ただ召しに召し出づ。 後見いと本意なく悲しと思いて、わが君に仕うまつらむと思いてこそ、親しき人の 迎うるにもまからざりつれ。何のよしにか、こと君取りはしたてまつらむ」と泣けば 君「なにか。同じ所に住まむ限りは同じことと見てむ。衣などの見苦しかりつるに、 なかなかうれしとなむ見る」と宣ふ。 落窪物語 漫画 http://www.mukashi.info/books/read/comic 参考文献 落窪物語 新潮社 |