魚釣りと瞑想
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水面に浮かぶ一点、浮子を見つめ、じっと待つ 、水面の 浮子を眺めながら
何も考えない、呆然として見つめている、空を見ると雲が静かに動いている。
魚釣りの魅力はこの何も思わない、この瞬間が精神の糧となるように思う。
そしてその静寂の中に、浮子が水面より沈んだ瞬間釣竿を一気に引き上げる。
針の先に魚が釣れているこの喜悦の瞬間が楽しさを倍増するのである。
精神的な静寂と喜悦との差が魚釣りの醍醐味となるのであろう
しかし、一日に一匹も釣れない時も、物質的な満足は得られないが、
精神的な満足は十分得られているのである。静寂の時、水面を見つめている時
、日々の仕事、生活で常に考え、思案し常に頭脳を酷使してきて考えることが
習慣になっている。

 
顕在意識が考えることにより、潜在意識はその協力をしようと、休み無く考えて
いる。潜在意識は睡眠中も活動している。顕在意識が魚釣りしている時、
何も考えない時間があれば、潜在意識はその間、その考えを表面に出すことが
できる。水面の浮子をみている時、ふっと浮かぶ思いは、いつも潜んでいる
意識の考えである。この考えは雑念である場合もあり、仕事上のアイディアの
場合もある。しかし雑念であろうと、潜在意識からの思いを十分出し尽くす時間
を、毎日持つ必要がある。その静寂の時間があることにより、精神的、肉体的
にもゆとりのある健康状態が生まれるのである。
現今働いている顕在意識は、常に考えを表現できるが、潜んでいる潜在意識は
その雑念が出尽くしたあとに、潜在意識の建設的な素晴らしいアイディアが
出てくる。 
釣りも散歩もジョギング一種の 暝想であり、座禅と同じような作用をしている。
暝想の後、心穏やかになるように、釣りの後は心が落ちつくのである釣りは
暝想のひとつであり、座禅や暝想をやっていて、雑念が多い場合釣りをやると
心の浄化になり雑念が少なくする   釣りが好きな人は、短気の人が多いと言われている。      
その他に、心の浄化法として山登りがある。潜在意識は発言、考える表現する
場がない、
従い散歩、釣りなどで顕在意識が何も考えない場を設けて、不満、怒り、
イライラを発散させる必要がある。
釣りが好きな人は、短気の人が多いと言われているが 瞑想をする人も本質的に
同じく短気の人が多いように思う。自分自身も例外なく短気であるが怒りを
雑念を消すように、切り捨て、流すことができるだけである。 
                                                                          
 

 

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